まみれの焼芋を盛りこんだ。芋は鉢にはいりきれなかった。
子供がすぐ駈けだしていった。
山口はそこに屈みこんだまま、灰のなかを掻き廻しながら、言いだした。
「あなたに、ゆっくりお逢いしたいと思っていました。」
千枝子はちらと眼を挙げて、また眼を伏せた。
「いろいろなことを、お話しして……。」
そこで、彼は閊えた。心の思いと言葉とが一致しなかった。ばかりでなく、突然、新たな想念がはいりこんできた。彼はこれまで、彼女を恋してると自分できめていた。恋している、それだけで充分だった。ところが、いま突然、結婚という想念が浮んできたのである。不思議なことに、三十五歳の現在まで、彼は幾度か縁談にも接したし、結婚を考えさせられる女性との交際もあったが、此度ばかりは、結婚などということを全然頭に浮べなかった。そういう想念を拒む何かが、彼女のうちにあったのであろうか、彼のうちにあったのであろうか、それとも終戦後の社会情勢のうちにあったのであろうか。それはすべてに於てそうだ、と彼は漠然と咄嗟に感じた、然しそれは恋愛を妨げるものではなかった。
「私のことも、いろいろお話ししたいし、あなたのこともいろいろ
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