、いらっしゃいませんの。」
「先程から、もう充分、御馳走になってきました。」
 彼女は胸の荷を焚火のそばに投りだして、子供の方へ言った。
「たくさん焚物を貰ってきましたよ。」
 子供相手に、彼女はひどく嬉しそうだった。胸元や、帯の御所車の刺繍[#「刺繍」は底本では「剌繍」]から、ちょっと埃を払っただけで、まだ藁屑をそこらにつけたまま、持ってきた芋俵らしいのを焚火にくべた。
 火は横にはい、それから一斉に燃え上った。焔の先は人の顔ほどに達した。
 子供は声を立てた。千枝子は飛びのいて、棒切れを拾い、俵の燃え残りを押えつけた。
 山口は呆気にとられた。
「こんなに燃やして、どうなさるんですか。」
 千枝子は返事をせずに、ただ自分の心に答えるように微笑した。
 俵が燃えつきると、枯枝を、こんどは少しずつくべた。子供は枯枝をぽきぽき折った。真赤な藁灰の上に枯枝は爽かに燃えた。
 山口は先刻の肥料の話を思いだした。
「肥料の灰でも拵えるのですか。」
 千枝子は彼の方を見て、くすりと笑った。それから急に真面目になった。
「芋を焼いていますの。」
 そのあとを、彼女は子供に話しかけた。
「ねえ、この薩摩芋は、畑に出来たのを、おしまいまで残しておいた、そのおしまいのものだって、ほんとうですか、それから、この里芋は、畑のはじめて掘ったものだって、ほんとうですか。」
「ほんとだよ。僕は畑の番人をしてるから、すっかり知ってるよ。」
「そう。とっておきのものに、おはつほ、嬉しいことね。だから、一番おいしくして食べましょうよ。煮るより、ふかすより、ゆでるより、こうして焚火で焼いたのが、一番おいしいんですよ。」
「僕知らなかった、お母さんに教えてやろう。」
「お母さんにも、食べて貰いましょうね。」
 千枝子は灰の中から、芋をかきだした。もう半ば焦げたのや湯気を吹いてるのがあった。彼女はそれを選り分けた。
「待っていらっしゃいね。」
 千枝子はあちらへ急いで行った。
 山口は彼女のあとを引き受けて、灰の中の芋をかきだした。薩摩芋と里芋とがたくさん出てきた。そうしながら彼は子供に話しかけて、彼の母親はもと波多野邸にいた人であること、彼等一家は空襲に罹災して焼け跡にバラック生活をしてること、周囲に菜園を拵えてること、などを知った。
 千枝子が戻って来た。美しい青磁の鉢を持っていた。その鉢に彼女は、灰
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