があった。
 紀美子の境涯も、次第にはっきりしてきたし、その人柄も特別なものではなさそうだった。ひどく内気で、羞恥心が強く、生活力が弱く、一人きりの孤独な暮しをしている人だと、そんなふうに想像された。教養もあるらしい。手紙の文字も美しかったが、だいたい、美しい字を書く女には顔のまずいのが多く、まずい字を書く女には顔の美しいのが多いので、その通例からすれば、彼女の容貌はまあ美しい方ではなさそうだった。そうではあるが、不思議にも、吉岡は彼女に心惹かれ、彼女のことをいつも想うようになった。他方、彼女の自己卑下は執拗で、感傷癖とも思えずいささか煩わしくさえあって、吉岡も眉をひそめた。そのことが謂わば吉岡を両断して、肉体的には近寄れない思いをさせ、感情的にはぐいぐい引き寄せられた。
 この気持ちは、吉岡には初めてのことだった。彼女の手紙のような調子の手紙を受け取るのも初めてのことだった。嘗て知らない魅惑を受けた。うらぶれた気持ちに沈んでいた彼が、未知の紀美子に愛情を懐いたのである。
 紀美子からはしばしば手紙が来た。それらを一々茲に持ち出すのは大変だから、特色ある文句だけを拾ってみよう。

 御
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