ぬ。これからは元気を出して、何でも自分のことは自分でしようと思います。けれど、やっぱりぼんやりしたり、果知れぬ淋しさに襲われたり致します。冷たい寒い淋しい風が胸を吹き通ります。それが堪えられませぬ。
 私は先生のお夢をよくみます。けれど、なぜかお顔がはっきりわかりませぬ。
 先生がもし、どんなところでもかまわぬといって、私のような者のところへでもお出で下さるようなことが、夢にでもございましたら、私はどんなにうれしいことでございましょう。けれど、そんなこと思うのさえ、きっと罰があたりますでしょう。
 下らぬことばかり申上げました。お許し下さいませ。私は先生をお失いしはしないかとそればかりが恐ろしゅうございます。その恐ろしさを、私はいつ胸に深く感じなければならないのでございましょうか。
 いろいろ失礼なことばかり申上げました。お許し下さいませ。
  吉岡先生様[#地から1字上げ]紀美子

 吉岡は十日間ばかり山の湖水へ遊びに行った。紀美子のところへは、自身で訪れる代りに手紙を書いた。心は紀美子の方へ強く引き寄せられながら、体は立ち止ったのである。彼女の極度な自己卑下には、なにか人を阻むもの
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