然しその叫びは世に容れられない。ふるさとの人にさえも容れられない。そして時とすると、彼が軽蔑している無数のもののために、泣かされそうになる。
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負けたくない!
頬をつたう涙線の数をかぞえ乍らぼうぜんと空を見ていると
おろかな人間を無性になつかしく思える日である。
[#ここで字下げ終わり]
然しそれは一寸の心のゆるみの隙間の日だ。彼はまた勇ましく立上る……。
植村君はその詩集の扉に、「祖国なきよろこびと悲しみと」と私に書いてよこした。そして私がここに詩集のことを述べるのも――それもよい詩を選んで紹介するのではなく、勝手な総合的叙述を試みたのも――実は、「祖国なき喜びと悲しみと」を、現時の所謂純文学にたずさわってる多くの文学者が、広い意味において、感じているであろうと思うからである。
*
「祖国なき喜びと悲しみと」――この祖国は、マルクス派の謂う所の祖国とは、全然異ったものである。
マルクスの共産党宣言中の文句は、「プロレタリアートは祖国[#「祖国」に傍点]を持たない。」と解釈すべきではなく「プロレタリアートは自国[#「自国」に傍点]を持たない。
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