上りには真裸で尻振ダンスをやる。妊娠すると、桜ン坊と枇杷とベビーの靴下編みだ。固より妊娠は彼女のうちに神秘な母性をよび覚すが、それも彼女の情感を彩るだけで、彼女の心意を撼がしはしない。そして営養不良と身体薄弱のために胎児剥離の必要に当面すると、涙一滴浮べずに、簡単にそれを承諾してしまう。恐らく「脚を一本頂戴しましょうと申渡されても素直に承諾しそうだ。」――そして彼女の愛人にとっても、彼女の妊娠は滑稽な開闢以来の椿事であり、胎児剥離の手術は一寸した肉体上の事件に過ぎない。そんなことは早くすませて、海へ行って、牡蠣を喰べて、日光浴をすることだ。「サバサバしちゃったとこで、それから海だ! 黒くなってこようぜ、二人で。」
 こういう二人は、如何にも近代的であり、一寸見たところ、如何にも尖端的である。然しその尖端は、時代の尖端では断じてない。単に頽廃の尖端であるに過ぎない。社会が処々に作ってる淀みのなかの、一番先の方に、停滞し頽廃して、末梢的な感性だけで生きてるのである。彼等が海へ行って、健康になって、そして帰ってきたところで、やはり同じ生活、意欲のない生活に、立戻るだけのことではあるまいか。

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