気がさして苛立つ。現実に対する適応性が全くなく、常に孤立感に囚われる。そしてその孤立感のなかで、内省へ内省へと不断に駆り立てられる。内省の世界は無限に拡がる。些細な事件についても、あらゆる仮定が浮び、その仮定からくる想像的苦悩が起る。些細な事柄についても、あらゆる思想が浮び、どの思想を選択してよいかに迷う。そして不断の懐疑と懊悩との昏迷した状態。
「勿論世間には、」と彼は云う、「或る題目について思索しようと考えてその通りにする、ごく賢い恵まれた人々がいます。暗礁の散在する海上に船を操るように、自分の精神を導くことの出来る人々、本当に思索する人々、即ち思索したいことを思索する人々がいます……。が私ときては、大抵は河床です。私は騒々しい流れを感じます。そしてそれをただ容れてるだけです……。而も常に容れてるわけでなく、氾濫することさえあります。」
「私は自ら選択することが出来ません。さ迷ってるあらゆる思想が、私の魂の中に逃げこんできます。私に落ちかかってくるあらゆる種子が、私の中で芽を出します。そのなかで、私自身はどこに在るのか。その群集のうちで、どれが私なのか……。あらゆるそれらの顔付のな
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