もうここでは、何を意欲するかは問題でない。意欲そのものが必要なのである。窒息した意欲を蘇生させることが必要なのである。
 人の意欲を窒息させる雰囲気――他人の労働の上に寄生して不精懶惰な現状に執着する裕福な生活、物質的な快適さのうちに耽溺して、身を動かすことさえも億劫になる生活――そういうものは、オブローモフの時代にだけ、農奴解放以前のロシアにだけ、存在していたものではない。現在にも各種のオブローモフがある。
 それになお、現代のオブローモフは、種々の新らしい衣をまとって、吾々の前に立現れてくることがある。
      *
 現代の病弊の一つに、神経衰弱がある。その神経衰弱者の最もよいタイプを、吾々はジョルジュ・デュアメルのサラヴァンに見出す。
 サラヴァンはまだ生きて動いている。今後彼がどういう風になるか、それは作者デュアメル以外に誰も知らない。がサラヴァンの前半生、「深夜の告白」や「新らしき邂逅」の中のサラヴァンは、神経衰弱以外の何物でもない。
 彼は人類に対する愛を持っている。愛情を欲してもいる。人生の温かい調和を夢みてもいる。然し或る人間に当面し或る事実に当面すると、すぐに嫌
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