生きながらの死を感じさせるものがあった。
 これにすぐ、焼跡が続くのである。黒こげの枯木、崩れかけた石段、赤茶けた瓦礫の土地、ぽつりと立ってる白御影石の小さな鳥居など、それらも斜陽にてらされて、ひっそりとしている。その向うの木立も、淡い紅葉を交えて、恐らく木の葉だにそよがないかのように静まっている。その中から一つ、黒ずんだ五重塔が空に突き出ている。
 それら凡てを輝らす斜陽、薄曇りの下を明るく流るる斜陽が淋しく佗びしくそして余りに静かであった。
 斯かる眺望全体の、ひっそりとした静けさは、やがて、寂寥へまで深まっていった。動くものの何一つなかったことが寂寥の機縁であったであろうか。そればかりではない。私の心の中にも、それに相応するものがあったのである。
 小雨ぎみの曇り空に、そしてまた地上に、いつのまにか流れ渡ってきた明るい静かな斜陽は、終戦後にもたらされた自由に似ていた。完全なる敗戦と降伏、旧体制の瓦解と共に為さるる無血革命、平和主義の文化国家建設への進路、それらを輝らしだす恩恵の自由は、あまりに静かであった。本来、急激な思想の自由は狂暴なものである筈のところ、これはあまりに静かであ
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