ん。今探し出して捕えるのは却って悪いと思います。私はただ待ってるつもりです。あの女《ひと》は屹度私の所へ戻ってきます。半年か一年か二年か、それは分りませんが、鍛えられた心で必ず私を訪ねてくると信じています。……そう云えばまた、理想主義者だとあなたに笑われるかも知れませんが、私はどこまでも理想主義で押し通してみます。」
 彼の言葉の調子からかまたはその表情からか、どちらからとも分らなかったが、その時私は心に電気をでも受けたような感じを覚えた。
「君は……僕に意趣晴しをするために来たのか。」
「いいえ、ただこういう風になったとお知らせに上っただけです。」
 そして私達はじっと眼と眼を見合った。ぴたりとぶつかった視線で力一杯に押合ってると、やがて彼の眼の光がむき出しになってきた。
「そうです、」と彼は云った、「私はあなたをこのままでは済ませないと思っていましたが、もうそんなことはどうでもいいような気がしてきました。馬鹿げきったことです。」
 私は俄にかっ[#「かっ」に傍点]となって、顔を真赤にした……と思うだけでなおかっ[#「かっ」に傍点]となって、大きな声を立てた。「帰り給え。もう出ていっ
前へ 次へ
全89ページ中84ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング