った。私は心にぎくりとしながら、通してくれと女中に云って居住いを直した。
 やがてやって来た松本は、私に或る印象を与えた。頬がひどくこけたせいか鼻がつんと高く額が白々と秀でて、眼には澄んだ奥深い光を湛えていたが、唇の薄い口元には毒々しい軽侮の影を漂わしていて、その二つが変に不調和な対照をなしていた。彼は私の前方にぴたりと坐って、私の方を見ないで云った。
「奥さんにだけお逢いしてゆくつもりでしたが、あなたにもお目にかけておく方がよいと思って、持って来ました。光子からの手紙です。」
 私は無言のまま、差出された手紙を取って読んだ。一枚のペーパーに万年筆で細かく書かれたものだった。

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松本さん、何もかも許して下さいまし、ほんとに何もかも。私はあなたがお許し下さることは存じておりますが、やはりこうお願いしずにはいられませんの。
私はあの時二度とも、次の室からすっかり聞いておりました。あなたが一日考えてからと仰言ってお帰りなすったその一日が、私にはどんなに苦しかったか分りませんわ。そして次の朝いらして、やはり私は光子と結婚したいと仰言った時、私はぞっと震え上って逃げ出しま
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