のらくらと時を過しているうちに、心も身体もだらけきって、そしてこんどの出来事で一度に圧倒されてしまった……そういう自分自身の空虚な生活が――恰も受精しない果実が早熟して自らの重みで地に落ちたような生活が、堪らなく淋しく感じられて来た。而も事件は――妻や松本や光子や河野さんなどと四方に糸を引いている関係は、益々こんぐらかってゆくばかりで、そして私に屈辱を重ねさすばかりで、どう解決がつくのか見当さえつかなかった。それをぶつりと断ち切るような気持で、河野さんと決闘しようなどと考えたが、実際はその方へ一歩も踏み出してはいなかった。あれやこれやを考えて、いっそ決闘で殺されてしまったら……なんかと想像してみたりした。そしてそれが馬鹿馬鹿しくなると、またいつしかぼんやり雨音に聞き入っていた。
そこへ女中がやって来て、松本さんをこちらへお通ししてもよいかと云った。私は驚いて眼を見張った。
「え、松本君が? 今来てるのか。」
「先程からいらして、奥様とお話していらっしゃいます。」
私はまた喫驚した。いつも階下《した》に誰か来た時は、何かの気配を感じないことはなかったのに、その時ばかりは少しも感じなか
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