はっきり感じた。そしてその時から、私は凡てに復讐する気持で、河野さんに決闘を申込んでやろうかとも考えたのである。
でもそれは翌日のことだった。何だか筆が先へ滑ってごたごたしたが、実際私はこれから先をはっきりと書き分けるのに困難を感ずる。私は何が何やら見分けのつかない気持になっていたのだから。
所で、その晩、私は俊子と三時まで諍い続けて、三時が打つと、その音がまた不思議にはっきり聞えたのであるが、私達は急に黙り込んでしまった。そして長い間黙ってた後に、「もう私は寝ます。」と彼女は云いすてて、不意に立上った。その様子が異様だったので、私は喫驚して、心を静めてくれとまた哀願した。
「二三日考えてみます。」と彼女は云った。
それでも、私は安心しかねて、彼女の後に引きずられるようについていって、寝室へはいり、彼女が寝てしまうのを見定めて、自分もやはり布団にもぐり込んだ。それから夜が明けるまでのうちに幾度か、夢現《ゆめうつつ》のうちにふっと不安な気に駆られて、頭をもたげながら彼女の方を眺めやった。
それは何とも云えない怪しい気持だった。昼間になってもそれが続いた。一瞬間でも眼を離したらどう
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