いうことになるか分らない、という恐れもあれば、眼を離したらもう永久に彼女を失ってしまう、という恐れもあったが、また一方には、どうなったって構うものか、彼女を失ったって平気だ、と思う心が却って不安の念をそそって、彼女の側を離れ難かったのである。私は恰も鉄が磁石に引きつけられるように、始終彼女の方へ気を惹かれた。そして私は、じっと坐り込んでる彼女から、少し離れた所をぶらついたり、食事の時にはやはり一緒の餉台に坐ったり、彼女の側でいつまでも新聞を見てる風を装ったりした。
そういう私に、彼女は殆んど一瞥をも与えなかった。二三日考えてみるという言葉を、常住不断に実行してるかのようだった。いつも口をきっと結び眼を見据えて、額に冷酷な専心の影を漂わしていた。そして時々思い出したように、三歳になる末っ児の達夫を、いきなり膝の上に引き寄せ、その上に屈み込んで頬をくっつけながら、力限りに抱きしめた。達夫が苦しがっていくら蜿いても、彼女はなかなか離さなかった。それでも一度手を離すと、もう忘れてしまったかのように見向きもしないで、自分一人の沈思に耽っていった。かと思うとまた三人の子供達を呼び集めて、一番好き
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