に隠れるようにして両手で額を押えた。もう何もかもめちゃくちゃになった気がした。彼女の言葉の奥には、いろんな感情がごったに乱れていた。単に河野さんとのことばかりではなく、私や松本のことなんかも、主客転倒して一緒にはいっていたかも知れない。私は頭の中で、何もかもめちゃくちゃになってそしてこんぐらかってしまった。その上なおいけないことには、妻に対する疑惑が頭の隅に引っかかってきた。
私達はそれきり長い間黙っていた。何処かで小鳥の鳴く声がしたようなので、私はふと顔を上げた。光子は彫像のように固くなって考え込んでいた。が私の視線を感じてか、ふいに彼女は立上った。私も立ち上ったが、不覚にも涙をこぼした。
「どうする?」
「やっぱり……仕方がないわ。」
「それでも……。」
「もう駄目よ。」
私は屹となって涙を拭いた。
「僕が河野さんに逢いに行こう。そして……。」
「いえ、いけないわ、どうしてもいけないわ。」と彼女は何故かむき[#「むき」に傍点]になって遮った。
「じゃあ止すよ。」
私達はじっと眼を見合せたが、心に相通ずるものは何もなかった。彼女はぴくりと眉根を震わして云った。
「私、もう帰るわ
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