野さんの所へでもいらっしゃるがいいわ。」
「何だって!」
 彼女はまた病的な笑い声を立てた。
「河野さんの所へいらっしゃるがいいわ。どんな風だか、私影から覗いててやるから。……男って可笑しなことばかり考えるものね。私を捉えて、俺はお前だとは思っていない、草野の細君だと思ってるんだって……。だから私も云ってやったわ。私もあなただとは思っていない、草野さんだと思ってるって。その時の喫驚なすった顔ったらないわ。それで私はなお云ってやった、私はもう身体は草野さんの奥さんと同じだから、どうか思う存分にって。いくら恐い眼付で見られたって、私びくともしやしない。そして云うことが振ってるわ、俺が悪かった、草野の細君というのはただお前の心をそそるための手段で、実は誰の細君でも何処の女でもいいんだ、そんな者はいやしない、俺が悪かったから誤解しないでくれ……そう云って頭を下げなさる所へ、私かじりついていってやったわ。人を馬鹿にして、じじいのくせに!……でも、何もかも馬鹿げてるわ、初めからみんな馬鹿げてるわ。」
 彼女の真蒼な顔はなお蒼ざめて、眼だけが異様に輝いていた。私はそれに堪えられなくなって、菊の花の影
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