仰言るの?」
 真剣だとも皮肉だともつかないその調子に、私は遠くへ突き離された気がした。そして両手で頭を押えながら、それでもなお縋りついてゆこうとした。
「どうすることも、僕にはどうすることも出来ない。ただお前が何とか云ってさえくれれば……。」
 彼女は黙っていた。
「いろんなことがさし迫ってるのだ。……もう何もかも云ってしまおう。実は昨晩松本君が来て、すっかり打明けてから、お前を僕の家へ引取っておいて暫く交際さしてくれと、そう云うのだ。そして結局、俊子が今日お前の所へ行って、お前の心をよく聞いた上で……ということになっている。午後には行くだろう。それで僕は……。」
「え!」彼女は声を立てた。「奥さんが私の所へ?」
 彼女の喫驚した様子に私は眼を見張った。
「本当?」
「本当だとも。だから僕は……。」
 私は云いかけて止した。彼女はふいに飛び上ろうとしたが、それをじっと押しこらえるような表情をして、頬をぴくぴく痙攣さした。それから突然顔色を変えて、その引きつったままの口元に、嘲るような影を浮べて、いきなり病的に笑い声を立てた。
「いらっしゃるがいいわ。昼間よりか、晩にでも、そして……河
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