薄黒い暈《くま》で縁取られてる眼が異様に輝いていた。殊に私の眼を捉えたものは、臙脂色の襟から覗き出してる頸筋に、紫色のなまなましい痣が二つ三つ見えていて、それが今朝結い立ての髪と病的な対照をなしていることだった。そして私は、窓からさし込んで天井の高い白壁に湛えられてる、薄曇りの昼間の影のない明るみの中では、見るに堪えないようなものを、彼女の全体から嗅ぎ出したのである。
「まあお坐りよ。」と私は眼を外らしながら云った。
 彼女は黙って私の正面に坐った。卓子の上に少し萎れかけた菊の花瓶があって、それでやや二人の間が距てられた。その影から私は彼女を見据えていたが、黒目が半ば上眼瞼に隠れて光ってる彼女の眼付に出逢うと、もう我慢が出来なかった。
「お前は……。」
 彼女は同じ眼付で後を尋ねかけて来た。
「お前はとうとう……。」
 それでもやはり先が云えないでつまっていると、彼女はふいにいきり立った。
「ええ、そうなったわ。それがどうしたの!」
「それでお前は……いいのかい?」
「いいも悪いもないわ。どうせ私みたいな私は……。あんな風にぐれ出したんだから、どうなったって構やしない。」
 その絶望的
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