。
「明日は大役だよ。よく考えて失敗《しくじ》らないようにしなければいけない。」などと私は平気を装って云ったが、口元の軽い震えをどうすることも出来なかった。
然し彼女の答えは、冷淡な調子ではあったが、案外素直な不平のみに止った。
「あなたがあんまり呑気で意気地がないから、こんな役目までも私がしなければならないんです。」
そしてなお幸いなことには、彼女は子供の面倒をみてやらなければならなかったし、私は銚子に残ってる酒を飲みながら、すっかり酔っ払った風をすることが出来た。
実際にも私は少し酔っ払ってたかも知れない。その晩いくら酒の廻りが悪かったからといっても、平素よりは随分長く多量にやったのだから。そして布団の中に蹲りながら、陰欝な妄念に弄ばれてるうち、私にも似合わない決心をしてしまった。その決心が翌朝になると、自分のこれまでの生活に対する反撥心から、更に益々固められた。
私は学校を出ると間もなく結婚して家庭を持った。勿論恋愛結婚やなんかではなく、私の例の煮えきらない態度のために、いつしか媒妁人のために引きずり込まれてしまったのである。然し妻の俊子は善良な女だった。私によく仕え家庭
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