お願いします。」と松本はきっぱり答えた。
私は自分の立場が急になくなったような気がした。と一方には、それを自ら皮肉に顧みる気も起って、松本に杯をさしたりなんかしながら、こんなことを云ったものだ。
「そうきまったからには、もう君も心配しないでいいよ。なあに場合によっては、河野さんと一談判したって構わないし、僕達で君達二人の間の媒妁人になってもいい。」
何て馬鹿なことを私は云ったものだろう! 心ではつゆほどもそんなことを思ってはしなかったのだ。明日一杯明後日までには何とかなるだろうという約束で、松本が再び元気づいた自信ありげな眼付をして帰っていった後、私はなお酒の燗を命じてちびりちびりやりながら、そんなにお目出度く事件が片付くものかと考えて、理想主義者の松本のために――この理想主義者だということが、なぜだかその時私にはひどく必要だった――彼理想主義者のために、軽蔑的な苦笑が自然と浮んできた。それから、片付かないとすれば一体どうなるのだ? という所へ考が落込んでいった時、訳の分らない憤りと苛立ちとを覚えてきた。私の方をじっと窺っているらしい俊子の落着き払った様子にも、私はまた心を乱された
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