さかあの女と……そう思い直して……。私あなたを買いかぶっていました。もっと立派な人だと思いっていました。北海道で関係をつけた女を、二人でしめし合せて家に引張り込んで、私の前では少し都合が悪いものだから、河野さんの家へ追いやって、始終媾曳をして、井ノ頭なんかに泊り込んだりして……。またあの女も女ですわ。あなたに倦きてくると松本さんを誘惑したり、河野さんに身を任せたり、丁度あなたには似寄っています。ほんとに似寄りの夫婦よ。あの女と結婚なさるがいいわ。私邪魔も何にもしやしません。黙って出て行きます。あの女が私の代りになって、私があの女の代りに河野さんの女中にでもなります。あなたよりか河野さんの方が、まだ男らしく立派です。」
 彼女はもうめちゃくちゃになって、自分で思っていないことまで口走ってるのが、私には感じられた。と共に、彼女が或る点まで確かな事実を知ってることも、私には感じられた。もうごまかせやしない、そう思うと却って腹が据って、私は初めからのことを告白して、そして納得させようとした。
「もう僕も隠しはしない。何もかも云ってしまうから、つまらない邪推はしないでくれ。」そして私は、北海道では何事もなかったことを諄々と説き、次に一昨日光子が会社へやって来たことから、光子を井ノ頭へ誘い出したことを話し、その時の気持を前に書いておいたような風に説明し、それから井ノ頭でつい遅くなって泊ったことを話したが、その弁解には可なりゆきづまった。「兎に角僕は油断をしていた。性慾を軽蔑していた。人生を甘く見ていた。お前と一緒の生活をしているという腹が据っているので、何をしても危険はないと思っていた。そして遂に躓いたのだ。心は少しもぐらつきはしなかったが、肉体的につい躓いたのだ。」そんな風に私は云ったのである。勿論それも、私としては全然嘘ではなかったけれど、これ以外のことはどうしても云えなかった。云えば自分達の生活の否定になるのだったから。
 それまで黙って聞いていた俊子は、そこで急に私の言葉を遮った。
「じゃあ何をしようと油断からならいいんですね。私もこれからせいぜい油断をしてみましょうよ。他の男と一緒に泊ってきて、つい油断をして躓いた、とそう云ってあげますわ。あなたがどんな顔をなさるか……。もう分っています、あなたの心なんかすっかり分っています。いつも私にはあんなに冷淡にしておいて、他の
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