じてるのは長谷部一人で、他の人達はいい加減馬鹿にしてかかってたそうだった。また、長谷部は彼女を相手に、潜在意識がどうだとか、霊の感覚がどうだとか、そんなむつかしいことを説き立てて、黙って微笑んでる彼女を前にして、一人で悦に入ってることもあったそうだった。あの頃から恋し初めたのかも知れない、という者さえ出てきた。
 或る時、もう午後遅く、西に面した窓硝子に、赤い夕陽《ゆうひ》がぎらぎら映ってる時のことだった。彼はふいに立上って、彼女を捉えて、窓硝子の夕陽と睥めっこをしようと云い出した。彼女はすぐに応じた、そして二人並んでつっ立って、眩い夕陽に瞳を定めた。三分……五分……彼女の方が顔を外らした。それからまたやり直した。彼はなお強いた。しまいに彼女は、眼からぼろぼろ涙をこぼしながらも、強いらるるまま夕陽へ立直ったそうだった。
 然しこの話は、或は誰かの拵えたものかも知れなかった。ただ、彼がじっと机にもたれて夢想しながら、遅くまで教員室に残ってることがあったのは、確かな事実らしい。然しも一人の女給仕の証言によれば、彼は決して彼女の帰りをつけるようなことはしなかった。却って彼女の方から、もう帰る
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