あの専務には物が分らないから、僕は黙っていてやったが、もし物の分る専務だったら、そして僕がそんな風に話をしたら、さぞ面白いだろうと、想像のうちで楽しんだのさ。叱られたお影で一寸面白い夢をみることが出来たのだ。」
「なあんだ、つまらない。」
同僚に一笑されて、長谷部はそれが腑に落ちない顔付をした。
そのことがやがて、退屈な会社の中では、噂話の一つとなった。
然し、考えてみると、もし会社の執務時間を長谷部が云う通りにしたら、それを最もよく利用するのは、恐らく利用しすぎて自分でも困るのは、長谷部自身だったろう。
次のような話がある。
それは彼が或る学校に勤めてる時のことだった。彼は会社を止して、ひどく食うに困って、先輩の世話で学校教師になったのだった。会社員は彼の柄でなかった……が、教師もまた彼の柄ではなかった。彼は教師中で一番欠勤が多かった。
学期末の試験が済むと、各科目の担任教師は、一定の期日までに採点して報告しなければならなかった。期日を一日でも後らせば、成績発表に支障を来すのだった。
長谷部は試験の答案を見るのがひどく嫌だった。いつも後れがちになった。学校からは催促が来
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