して時には、そのために授業時間まで忘れかけることがあるのは、皆に知られてる事実ではあったが、それは指輪の一件を弁義することにはならなかった。その上、彼女は相当の顔立だったし、彼は独身者だった。而も事が起ったのは、神聖なるべき教員室でだった。
「こんなことになっては、どう始末したらよいものか、私共も困ってしまうんです。」
教務主任はそんな風に、曖昧な口の利き方をした。
長谷部はしまいに黙り込んで、二人の前に頭を垂れていたが、やがてふいに云った。
「四五日、進退を考えてみます。」
そして彼は四五日欠勤すると云い置いて、学校の門を出た。若い女給仕はその日学校へ出て来なかった。
それから長谷部はどう考えたのか、私のところへやって来て、事の次第を話した上で、その女に結婚を申込んでくれと、私に頼むのだった。
「結婚するって、どうしてだい。」
私は彼の意外な決意に喫驚した。が彼の方が、私の驚きを不思議がってるようだった。
「どうしてって……ただ、結婚してみたいんだ。」
「馬鹿な、そんことで結婚する奴があるものか。結婚してみたいからって、そんなむちゃなことを……。」
「いや、もう僕の心はきま
前へ
次へ
全25ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング