ってるんだ、指輪を受取る時の彼女の眼付は、そりゃあ綺麗だった。僕はあんな眼付が好きなんだ。断じて結婚してみせる。それから学校を止そう。もし彼女と結婚が出来なければ、僕は意地でも、向うから罷めさせるまで辞表は出さない。」
私は彼の気質を知っていたので、無理に逆らうこともしかねた。兎に角学校の人に逢って、詳しく事情を聞いた上で……とそう思って、彼をなだめ帰して、学校へ出かけていった。
学生監と教務主任とに逢って、私は前述のような話を聞いたのだった。大体長谷部から聞いた通りで、ただ、彼女が指輪を喜んで受取ったと否との点だけが違っていた。長谷部は彼女が喜んだと云っていたが、学校では長谷部が彼女を強迫したようになっていた。がそれは、一心に思いつめた顔付でつっ立ってる彼を前にして、彼女が感じたろう気持を想像してみると、どちらも真に近いものだったろうと思われる。そしてそんなことよりも、なお、一層曖昧な事柄がこの話の中にはいくらもあった。
後で聞いたところによると、彼女の所謂透視なるものが頗る怪しげなものだった。的中するのは十回のうち四五回に過ぎなかった、と云う人さえあった。また、それを本当に信じてるのは長谷部一人で、他の人達はいい加減馬鹿にしてかかってたそうだった。また、長谷部は彼女を相手に、潜在意識がどうだとか、霊の感覚がどうだとか、そんなむつかしいことを説き立てて、黙って微笑んでる彼女を前にして、一人で悦に入ってることもあったそうだった。あの頃から恋し初めたのかも知れない、という者さえ出てきた。
或る時、もう午後遅く、西に面した窓硝子に、赤い夕陽《ゆうひ》がぎらぎら映ってる時のことだった。彼はふいに立上って、彼女を捉えて、窓硝子の夕陽と睥めっこをしようと云い出した。彼女はすぐに応じた、そして二人並んでつっ立って、眩い夕陽に瞳を定めた。三分……五分……彼女の方が顔を外らした。それからまたやり直した。彼はなお強いた。しまいに彼女は、眼からぼろぼろ涙をこぼしながらも、強いらるるまま夕陽へ立直ったそうだった。
然しこの話は、或は誰かの拵えたものかも知れなかった。ただ、彼がじっと机にもたれて夢想しながら、遅くまで教員室に残ってることがあったのは、確かな事実らしい。然しも一人の女給仕の証言によれば、彼は決して彼女の帰りをつけるようなことはしなかった。却って彼女の方から、もう帰る
前へ
次へ
全13ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング