ありません。彼女の不思議な能力に対する感謝のしるしです。私がいくら練習しても、心を練っても、到底会得出来ない能力を彼女が持ってるからです。」
その能力というのは、透視……というほどではないが、一種の精神感応力だった。盆の上に茶碗を幾つも伏せておいて、どれかの中に貨幣を入れておくと、彼女は上からじっと眺めながら、それをよく云い当てた。教師連中は面白がって、当ったら中の貨幣をやることにして、度々彼女に試みさした。外れることも時にはあったが、大抵は美事に当った。
それを最も不思議がって、彼女に最もしつっこく試みさしたのは、長谷部だった。しまいには、ありったけの五十銭銀貨を持ち出したり、また自分で試みてみたりした。彼女も遂には嫌がって、なかなか求めに応じなくなった。然し長谷部は一人で熱中していった。透視や千里眼なんかに関する書物は勿論のこと、心霊研究の方面の書物までも買ってきて、夜遅くまで読み耽った。
そういう彼の熱心さを、教務主任と学生監とは信じなかったし、また彼の方でも誇示しようとしなかった。ただ彼がいつも一心になって、女給仕の透視に立会ったり、始終彼女に透視を強いたりしてるのは、そして時には、そのために授業時間まで忘れかけることがあるのは、皆に知られてる事実ではあったが、それは指輪の一件を弁義することにはならなかった。その上、彼女は相当の顔立だったし、彼は独身者だった。而も事が起ったのは、神聖なるべき教員室でだった。
「こんなことになっては、どう始末したらよいものか、私共も困ってしまうんです。」
教務主任はそんな風に、曖昧な口の利き方をした。
長谷部はしまいに黙り込んで、二人の前に頭を垂れていたが、やがてふいに云った。
「四五日、進退を考えてみます。」
そして彼は四五日欠勤すると云い置いて、学校の門を出た。若い女給仕はその日学校へ出て来なかった。
それから長谷部はどう考えたのか、私のところへやって来て、事の次第を話した上で、その女に結婚を申込んでくれと、私に頼むのだった。
「結婚するって、どうしてだい。」
私は彼の意外な決意に喫驚した。が彼の方が、私の驚きを不思議がってるようだった。
「どうしてって……ただ、結婚してみたいんだ。」
「馬鹿な、そんことで結婚する奴があるものか。結婚してみたいからって、そんなむちゃなことを……。」
「いや、もう僕の心はきま
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