じっと覗かれてるような気がした。私はお寺の前を通るのが、非常に気味悪くなった。
 五月の初めだったと思う。私が学校の往きに通りかかると、彼は箒を手にして、而も別に庭を掃くような様子もなく、御門のすぐ向うの石畳に、ぼんやり立っていた。私は喫驚したが、物影から覗かれるよりはまだよかった。所がその日学校の帰りにも、やはり同じ姿勢の彼を見出したのであった。その時、彼の顔が非常に蒼ざめてること、彼の白い着物が薄黒く汚れてることに、私は気付いた。彼は私をじっと眺めたきり、かすかな微笑みも見せなかった。私はしいて何気ない風を装いながら、少し足を早めて通りすぎた。
 今考えると、私は馬鹿だったのだ、何にも知らなかったのだ!
 其後私がお寺の前を通る毎に、箒を手にしてる彼の姿が、いつも御門の中に見えるようになった。彼は私の方を髪の毛一筋動かさないで、石のように固くなって見つめるのであった。その白い平素着は、薄黒く汚れている上に皺くちゃになっていた。顔は真蒼に艶を失って、頬がげっそりこけていた。髪の毛も五分刈位に伸び乱れて、薄ら寒い髯が生えてることが多かった。髯を剃った時には、頬のこけているのがなお目立っ
前へ 次へ
全39ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング