がどくろ首のように、すっと石碑から離れると同時に、白い着物の彼の姿にのっかって、其処につっ立っていた。私は心の中で大きな叫び声を立てながら、一生懸命に逃げ出してしまった。
家に帰って自分の室に落付くと、漸く私の心も静まって、先刻の恐怖が馬鹿々々しいようにも思えてきた。けれどもなおよく考えると、彼の素振りの意味が分らなくなるのであった。なぜ秋の頃のように、あの清らかな庭の中に立って、美しい楓の若葉を背景にして――楓の若葉くらい美しいものはない――、穏かな笑顔で私に逢ってはくれなかったのか? なぜ石牌の影に隠れて、首から上だけつき出しながら、恐ろしいほどじっと私を見つめたのか? 私はその時の彼の顔をどうしても思い出せない。ただ陰欝な顔であったこと、顔と頭と全体で私を見つめていたこと、それだけを覚えている。
その四五日、私は彼の姿を見なかった。所が或る日、檜葉の茂みに隠れて私の方を眺めてる彼を、通りがかりに見出したのであった。それから後は、私の方でも注意し初めた。すると、植込の影や、石牌や築山の影などから、私の方を窺ってる彼の姿を、度々見出すようになった。それを見出さなくても、何処からか
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