。ああ十七の春、私はどんなに晴々しい心地であったか! それは、うち晴れた大空の下に、広い野原の真中に、一人つっ立っているようなものであった。何のこだわりもなかった。踊りたかった、走りたかった、空高く翔りかけた。空想と現実とが一つに絡み合って、美しい夢の世界を拵え初めていた。
 それなのに……。
 桜の花が散って青い葉になろうとしてる頃、私が四年級になって間もなくの頃……私はその日をはっきり覚えている……四月二十一日! その午後、私はまた彼の姿を――もうこれからは彼と呼んだ方が私には自然なのだ――彼の姿を、お寺の中に見出したのである。
 私はいそいそとした心持ちで、行手に幸福が待ち構えてるような心持ちで、学校から帰ってきて、お寺の前を通りかかると、何の気もなくふと御門の方を覗いてみた。そしてはっと立ち竦んだ。向うの大きな石牌の影から、彼の頭がこちらを見つめていたのである。首から下は見えなかった。首から上だけが、石牌からぬっと差出されて、その顔と頭との全体が、私の方をじっと見つめていた。私は一瞬間、それが彼であることを怪しむと共に、云い知れぬ恐怖に固くなってしまった。が次の瞬間には、その頭
前へ 次へ
全39ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング