と、それは涙を落さないためだったようにも思われる。けれどその時私は、何となく変だと思ったきりで、別に驚きもしなかった。
お坊さんの姿が見えなくなってから、後でその事を思い浮べてみると、其処には何か深い訳があるような気がしてきた。或は病気ではないかしら……或は何処か他の寺へでも移られるのではないかしら……或は遠い旅へでも行かれるのではないかしら……考えれば考えるほど、もうお坊さんに逢えないということだけが、はっきり事実として残るのであった。なぜ理由を云って下さらなかったのかと、怨めしい気もした。お坊さんの身分だからと思い直してもみた。そして深い淋しさが、悲しさが、私の心にしみ込んでいった。お寺の前を通るのがつらいような心地もした。通る時には、御門の中を覗くまいとつとめた。でも覗かないではおられなかった。そしては猶更悲しくなるのであった。
そのうちに、私には学期試験がやってきたし、ついで冬休みとなり、またお正月となった。そしてお坊さんのことは、忘れるともなく忘れていった。兄さんは学生のうちから、かねてお約束の義姉さんと結婚なされ、大学を出るとすぐ会社に勤めてはいられたけれど、まだ学生時
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