はそう遠くなかったので、私達は歩いてゆくことにした。うち開けた田圃道を十町ばかり行って、なだらかな丘の裾を少し上ると、其処にお寺があった。野の香りが病後の私には快かった。空は珍らしく綺麗に晴れていた。柔い冬の日脚も楽しかった。
お寺に着いて、先ず裏の墓所に詣で、次に本堂にお誇りをした。私は彼の をも[#「彼の をも」はママ]しみじみと祈った。
それから私達は、しいて庫裡の方へ招じられて、お茶菓子などの接待を受けた。和尚さんは私の姿をつくづく眺めながら、私の子供の折のことなどをお母さんと話された。私は黙って傍に坐っていた。
その時、白い平素着をつけた年若なお坊さんが、私達に挨拶をしに出て来た。私は何気なくその顔を見ると、ぞーっと身体が竦んで[#「竦んで」は底本では「辣んで」]、眼の前が暗くなった。危く叫び声を立てる所だった。彼だ、彼だ! そのお坊さんは彼だったのだ! 私はもう何にも覚えなかった。ただ低くお辞儀を返したことだけを覚えている。お坊さんが向うへはいってしまってから、私はとうとう其処につっ伏してしまった。
私が漸く我に返ると、お母さんは心配そうに私の顔を覗き込んでいられた
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