。一晩他処に泊って来ることもあったそうだ。和尚さんは厳重な叱責を加えられた。その時彼は断然行いを改めると誓った。そしてこれからは庭の掃除なんかも、寺男の手をかりないで自分でやると云い出した。和尚さんは大変喜ばれた。彼の行いも実際見違えるほどよくなった。それがずっと続いた。所が一咋日の晩、夜遅く帰って来て、自分の室で一人泣いていたそうである。和尚さんはよそながら注意していられた。すると、その夜から彼の姿が見えなくなった。白の平素着をぬぎ捨てて、普通の着物を着て出て行ったのである。なお種々調べてみると、お寺にあった現金七十何円かが無くなっていた。他には何等の変りもなく、書いた物もないので、屹度金を盗んで逃げ出したものと和尚さんは思われた。昨日一日待っても帰って来なかった。それで和尚さんは、警察に捜索願を出そうかと考えられた。その所へ恰度、私の兄さんが行かれたのだそうである。
「住職と種々話し合ってみると、」兄さんは云われた、「あの男の性格もほぼ分ったし、前後の事情も推察がつく。然し何だか……。」
 兄さんは中途で言葉を切って、小首を傾げられた。
 私は大きな鉄槌で打ちのめされたような気がし
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