た。どう考えていいか分らなかった。自分の未来が真黒な色で塗りつぶされたような心地がした。否未来だけではない、心まで真黒に塗りつぶされたのだ。私はもう何物にも興味を失った。殆んど自暴自棄な投げやりの気持ちで、周囲に対し初めた。何をするのも面倒くさく懶かった。而もなおいけないのは、最初の打撃から遠のくに従って、彼に対する淡い愛着の情が起ってきたことである。二三ヶ月も過ぎて後、当時のことを考えると、彼の一図な気持ちがはっきり分るような気がした。私は彼のことを悪く思えなかった。それ所か、よく思おうとさえつとめた。そして彼のことを始終なつかしく思い出した。もし彼が今私の前に現われてきたら、私は震え上って逃げ出すだろうということを、はっきり知りながらも、彼に逢いたいような気持ちが、心の底に潜んでいた。つきつめて考えると、深い真暗な井戸の中を覗くような気がしながらも、彼に対するやさしい情が消えなかった。その矛盾が、いつまでも解決のつかない矛盾が、絶えず私を苦しめた。夏の休暇になっても、私の心は少しも晴々としなかった。
 彼の其後の消息は、兄さんの所へも和尚さんの所へも、全く分らなかった。警察の方へ内
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