もし、また真暗な落し穴に陥ったような気もした。頭の中がぱっと華かになったり、また急に真暗になったりした。うとうとと眠りかける上、訳の分らない夢に弄ばれた。
 翌日私は学校を休んだ。兄さんは風邪の熱が取れないので、お寺へ行くのを延された。
 その翌日も私は学校を休んだ。兄さんは朝の十時頃、お寺へ出かけて行かれた。そして意外な話を持って来られた。
 ――彼は和尚さんの故郷である駿河の者であった。貧しい家の生れで、幼い時に両親を失ってしまい、他に近しい身寄りもない所から、土地のお寺に引取られた。所が非常に利発らしいので、和尚さんがその寺から貰い受けて東京へ連れて来られ、隙な折に一通りの学問を教え、次に仏教の勉強をさせられた。彼の頭は恐ろしいほど鋭い一面があると共に、何処か足りない――というより狂人じみた点もあった。それで和尚さんは可なり心配されて、人格の修業をするように常々説き聞かせられていた。所が二十二歳になった一昨年の秋頃から、彼は深い煩悶に囚えられたらしかった。(和尚さんは、私のことは少しも知っていられないのであった。)そしてるうちに、昨年の夏以来、彼はちょいちょい酒を飲むようになった
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