私に恋していたのだった。けれども僧侶の身分なので、心のうちでどんなにか煩悶したそうである。或時は自殺の決心までしたとか。それでもなお思いきれないので、遂に私の父に心のうちを訴えるつもりで、今日私の後をつけて来たのであった。彼は今日まで、私の住所も名前も知らなかったそうである(そうすると、以前のことはやはり私の幻覚だったのだ! けれど私にはそればかりだとは信じられない。)彼の話を聞いて、兄さんは懇々と説諭を加えられた。そして、「あなたも修業がつみ立派な名僧となられたら、妹を差上げないものでもないが……。」と云われると、彼はわっと声を立てて泣き出してしまった。いつまでもいつまでも泣き止まなかった。「それには僕も困ってしまった、」と兄さんは仰言った。長く泣き伏していた彼は、俄に顔を上げて、「これから外国へ行って学問をして来るから、あと二年間お妹さんを結婚させないで置いて下さい、」と頼んだ。兄さんはその向う見ずな心をさとして、日本でも勉強は出来ると説き聞かせられた。けれども彼はどうしても聞き入れなかった。「来年の暮まで私から便りがなかったら、お妹さんはどなたと結婚されても宜しいが、来年の暮まで
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