然し今から考えると、それ以外に或る大きな蠱惑が私を囚えていたように思われる。それは蝿を招く蜘蛛の糸の惑わしだ。私は彼を恐れ或は彼を憐れみながらも、心の奥では彼に魅惑されていたのであろう。
その上、別に変ったことも起らなかった。
私は往きに時々お寺の前を通って、御門の中に立ってる彼と逢った。帰りにもたまに、お寺の前で彼と出逢うことがあった。
そのうちにまた学期試験となり、冬休みとなった。然しそのお正月は、私にとっては陰欝なものであった。絶えず頭にはぼんやりした霧がかけていた。死んだ人を偲ぶようにして、彼のことを思い出したりした。兄さんから私はすっかり神経衰弱だときめられた。義姉さんからは非常に心配された。そして三人で、四日五日六日と二晩泊りで、箱根へ小遊に出かけた。けれども、お友達へ絵葉書の文句などを書いてる私の額は、ともすると曇りがちであった。私は本当に神経衰弱だったのかも知れない、或は既にその時から……。
学校が初って、暫くは何のこともなかったが、二月の或る寒い日、私はまた彼からつけられてることを感じた。然しその時は、彼――もしくは私の心の幻――は、途中で消えてしまった。そ
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