、兄さんの結論としては、私が神経衰弱になってるか、向うが半狂人になるほどのぼせきってるか、否恐らく両方ともそうだろう、ということだった。私と義姉さんとは、互に顔を見合って、不気味な予感に震え上った。
その晩相談の結果、私は万事兄さんの指図に従うこととなった。第一には、出来る限りお寺の前を通らないこと、もし朝遅くなった時なんか、廻り途をする時間がない場合には、お寺の向うまで女中に送って来て貰うこと、帰りには必ず廻り途をしてくること。次に、もしお坊さんと出逢って変なことがあったら、必ず兄さんにうち明けること、そうすれば此度こそは、兄さんが向うへ行って、厳重に談じ込んで下さること。――私はそれらを皆承知した。
所が、私はその約束通りに行わなかった、行えなかった。私は彼に対して非常な恐怖を感じたのであるけれど、恐怖の合間には、また一種の憐憫の情をも感じた。そして彼に脅かされる時には、どんなことがあってもお寺の前を通らなかった。けれど彼を憐れむ時には、俄に姿を見せないのも可哀想だと思って、やはりお寺の前を通った。その二つのことが間歇的に私に起ってきた。ああ年若な女の容易い慴えよ、また傲りよ!
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