く、早く……玄関にお坊さんが私を追っかけて来ています。行って下さい。早く行って…上って来るかも知れません。」
 義姉さんは私の様子に喫驚して、何も聞き糺さないうちに、玄関へ出て行かれた。私は石のように堅くなってじっと耳を澄した。何にも聞えなかった。やがて義姉さんは一人で戻ってこられた。
「どうしたんですか。誰も来てはいませんよ。」と義姉さんは云われた。
「いいえ来ています。お坊さんが私を追っかけて来ています。」と私はなお云い張った。
 女中と婆やも其処へ出て来た。私達は四人で、一緒に玄関へ行ってみた。誰も居なかった。門の外へ出てみた。通りにはお坊さんらしい姿は見えなかった。
 然し、私は現に彼の姿を玄関で見たのだった!
 私は義姉さんに尋ねられて、初めからのことを、去年からのことを、すっかりうち明けた。話の半ばに兄さんも帰って来られた。義姉さんはその日のことを手短かに話された。私は初めからのことをまたくり返した。兄さんは黙って聞いていられたが、私が話し終るのを待って、こう仰言った。
「それはありそうなことだ。……もっと早くうち明ければいいのに、隠してるからいけないんだ。」
 そして結局
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