込んでいるらしく、私が通りかかっても、胸に垂れた頭を上げなかった。私はすたすたとその前を通り過ぎた。そして二三十歩行った時、後ろから彼がついてくるのを感じた。前に見た二度の幻と全く同じだった。が私はその時、不思議にも別段恐ろしいと思う念は起らなかった。首垂れながら後をつけてくる彼の姿が――私の心に映ってる彼の姿が、一寸可笑しく思われた。私は素知らぬ風を装って、心では彼の姿を見守りながら、普通の足取りで家へ帰っていった。私の家の門には観音開きの扉がついていて、玄関と門との間が砂利を敷いた狭い前庭になっていた。門の扉は昼間はいつも開いたままだった。
 私は彼を後ろについて来させながら、家の前まで来ると、つと身を飜して門の中にはいった。それから玄関で靴をぬいで上ろうとすると、彼もやはり門の中へすうっとはいって来たのである。本当にすうっとであった。砂利の上なのに足音もしなかった。私は急に震え上った。そして玄関につっ立って、初めて後ろをふり返ってみた。すぐ眼の前に、玄関の外に、彼はじっと立っている。私は余りのことに前後を忘れた。いきなり義姉さんの所へ駆け込んだ。そして叫び立てた。
「お姉さん、早
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