いつくと、Kさんはこう仰言った。
「いやな坊さんね!」
私は何と答えていいか分らなかった。けれどもその頃から、彼の様子の変った原因は皆私にあることを、はっきり感じてきた。そして、その感じがはっきりすればするほど、益々私は途方にくれた。私は絶えず脅かされ続けた。こうして私の若い生命は、どんなにか毒されたことであろう。
七月の或る朝、私は少し時間を後らして、急ぎ足でお寺の前を通りかかった。するとやはり彼が、箒を持ったまま、御門の柱によりかかって立っていた。私はそれをちらりと見ただけで、顔を俯向けて通りすぎた。そして十歩も行かないうちに、彼が私の後をつけてくるのを、はっきり感じた。あの痩せた骨ばかりの手で、今にも両肩を捉えられそうな気がした。どうすることも出来なかった。ありったけの力を出して駈け出してしまったけれども、七八歩走ると、息がはずんで立ち止った。もう彼がすぐ後ろに迫ってるような気がした。私はしいて反抗するつもりで、急に後ろを向き返った。すると……其処には誰も居なかった。寂しい通りが朝日を受けてるきりで、お寺の前にも人の気配《けはい》さえなかった。私は変に何かが――彼ではない――
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