の唯一の悪趣味だ。夫の武彦が教え込んだに相違ない。
「ばか野郎。」
おれは卵を掴んで、仏像に投げつけてやった。卵は壁にあたって砕け散った。また投げた。命中しない。また投げた。命中しない。めちゃくちゃに投げた。仏像も怒って、おれを睥みつける。おれは笑い出したが、憤怒は笑いと共に高まる。一升壜をひっ掴んで、つめ寄ってゆき、仏像の頭上に叩きつけてやった。
しいんとしている。水底の感じだ。物のけはいに振向くと、室の入口にさよ子が突っ立ている。おれはぞっとした。まるで幽霊だ。も一人の幽霊が、駆けこんで来た。女中だ。おれよりも力が強い。
瞬間に、おれは立ち直った。もう憤怒はない。憎悪もない。冷静な態度で、元の座に戻って、あぐらをかき、ジンのグラスを取り上げた。それをすすりながら、アスパラガスの缶詰を指差した。
「これを開けてくれ。」
誰も返事をしない。女中は屈みこんで、硝子の破片をゆっくりゆっくり拾っている。さよ子は縁側にうづくまり、障子に顔をかくし、ハンカチを眼に押しあてている。二人ともまるで狂人だ。おれは途方にくれて、怒鳴りつけた。
「返事をしないか。これを、これを開けるんだ。」
缶
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