なる。」
聞き覚えのある文句だ。
「なんぞ卑俗なる。」
言い直したな。
「なんぞ下劣なる。」
また言い直したな。
それきり声は沈黙した。おれはジンのグラスを取り上げた。頭が少しふらつくようだ。やはり日本酒の方がいい。電熱器にスイッチを入れると、ぢぢぢぢと音がする。
「災厄は一日にして成らず。」
声に答えて、おれは大声で言い直してやった。
「ローマは一日にして成らず。」
「災厄は一日にして成らず。」と声が言う。
「ローマは一日にして成らず。」とおれが言う。
「災厄は一日にして成らず。」
「ローマは一日にして成らず。」
「災厄は一日にして成らず。」
おれはもう返事をせず、相手にならないことにした。すると、あとはもうめちゃくちゃだ。
「ばか、ばか、ばか。……恥さらし。……くたばっちまえ。……まだ酔わないか。……飲め、飲め、くたばるまで飲め。」
あの仏像が、口を利いてるらしい。おれは突然、全く意外に、瞬間的な突然さで、かっと腹が立った。唇をかんで、あたりを見ると、アスパラガスの缶詰、梨、チーズ、香味料の壜、いろんな物があり、鶏卵が鉢に盛ってある。卵の黄身をやたらにすするのは、彼女
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