考え込んで、「二時間ばかりにしとくわ。ね、いいでしょう。」
私がぼんやり見返した眼に、彼女は一寸笑みを含んだ眼付を投げつけておいて、大儀そうに階段を下りていった。
私は一人つくねんと、二十分ばかりも――或はもっと短かかったかも知れないが――空の餉台と一緒に待たせられた。仰向けに寝転んで、煙草を吹かしながら、煤けた天井の、雨漏りの跡らしい汚点を見つめてるうちに、もうそのまま永久に身を動かしたくないような気持へ、底深く沈み込んでいった。何のためにこんな家へやって来たのか? もう先程の情慾も消え失せてしまって、都会の一隅の見馴れない室に、ぽつりと投り出された自分自身だった。やがて彼女が鮨の皿と銚子と豌豆豆の小皿とを運んできても、私はやはり寝そべったまま身を起そうともしなかった。酒が冷えてしまうと再三促されてから、漸く上半身を起した。
「怒ったの?」
私は返辞をしなかった。
「どうしたのよ、黙りこくってて。何か怒ったの?」
「あんなに待たせられてさ、腹も立とうじゃないか。」
「ほんとに御免なさい。お誂えのものがなかなか来なかったんですもの。」
そして私が杯を取上げると、彼女はそのお誂え
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