はその注意の僅かな隙間を窺って、やはり決行していただろう。横町の出口につっ立って、一寸あたりを見廻して、私は右手を振上げざま、向うの硝子店の中の大鏡を目標に、力の限り投げつけてやった。続いてすぐに、左手のやや大きな石塊《いしころ》をも、右手に取って投げつけた。石は何処に落ちたか分らなかったが、ぱっと硝子の壊れる気配がして、次にはやや大きく、硝子の破片が四方に乱れ飛ぶ、痛快な響とも光ともつかない擾乱が、静まり返ってる玻璃宮の中に起った。とその瞬間に、番頭がすっくと立上った。馬鹿に背の高い大男で、私の方をまともにじっと睨みつけたようだった。
それだけのことを見て取って、何故にか、私は膝頭がぶるぶる震えるのを覚えた。そして結果をよく見定める隙もなく、つと身を飜して、足を早めて逃げ出した。横町を暫く行って、右に曲りまた左に曲って、出来るだけ跡をくらまそうとした。その時私の気持には、雑多なものが入り乱れて、さっぱりけじめがつかなかった。胸の中に洞穴があいたように、すーっと風が吹き通っていた。頭の中が熱くほてっていた。何かしらしきりに気懸りなものがあった。胎《はら》がしっかりと落付いてるのに、足
前へ
次へ
全34ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング