の鮨をむしゃむしゃ食べ初めた。
「あら、まだ怒ってるのね、こんなに謝ってるのに。」
「謝り方が足りないよ。」
 心にもないすね方をしてはみたものの、実はそんな所に気持がこだわってるのではなかった。じっとしてるのが堪らなくなった。
「ねえ、君は、僕が一緒に連れて逃げると云ったら、ついてくるかい。」
「ええ、いくわ。」
「じゃあ、一緒に死のうと云ったら?」
「死んだって構わないわ。」
「そんなら、君だけを僕が締め殺すと云ったら?」
「いやあよ、一人っきりじゃ!」
「とうとう本音を吐いたね。締め殺してやるからこっちにお出でよ。」
「いくもんですか。」
「屹度来ないね。」
「ええ。」
 高慢ちきな鼻をつんと反らして、凹んだ眼で睥み返してくるのを、私はつと身を起して引捉え、膝の上に抱き上げてやった。力を籠めて掴んだら折れそうな、肉のつかない細い腕だった。ただ乳房だけが着物の上からも、むっちりと膨らんで感ぜられた。そして私は、ふふんと云った顔付で身体を任してるこの小さな娘を、どうしてくれようかと残忍な方法を考え廻した。それは虐げられた者に対する腹癒せであり、また自分自身に対する腹癒せであった。
 それから私は、帰ると云ってた言葉も忘れて、夜明け近くまでうとうとと眠った。
 眼を覚すと、五燭の電燈が変に赤くぼんやりとしていて、遠い汽笛の音や何かの響が、夜明け近い気配を齎らしてきた。私は上半身を起して、傍に寝乱れている小娘の顔を見守った。取返しのつかない気恥しいことをしてしまった、というような忌々しさが湧き上ってきた。私は女を揺り起そうとした。彼女は片手をうんと伸して、心持ち薄目を開きかけたが、またすやすやと眠ってしまった。私は本当に起き上って、帯をしめ直して煙草を吸った。そしてまた女を揺ぶった。それでも彼女は眼を開かなかった。私はそのまま逃げ出してしまいたかった。雨戸をそっと開いて逃げていっても、誰にも気付かれないかも知れない、と思う心が自分ながら浅間しくなって、も一度強く女を揺ぶり、眼を覚しかけた所を、更に頬辺《ほっぺた》を一つ叩いてやった。彼女は喫驚して飛び起き、私をまじまじと眺めていたが、ふいに云い出した。
「あなた私を打《ぶ》った。」
「打ったさ。いくら揺ぶっても起きないじゃないか。眼が覚めなけりゃも一つ打ってやろうか。」
「なに、打つなら打ってごらん。さあ打てるものなら
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