れてるせいか、眠くって堪らないのよ。」
「おい、滅多なことを云うなよ。客の前でそんな口を利くってことがあるか。」
「あら、御免なさい。」
眉根を挙げ眼をぱっちり見開いて、頸筋をしなやかに傾《かし》げながら、小娘にしては喫驚するような嬌態《しな》をしてみせた。
「こんな商売を初めてから、どれくらいになるんだい。」
「まだやっと二月《ふたつき》よ。」
「嘘だろう。十四というのは本当かも知れないが、二月というのは嘘だ。」
「いいえ、本当よ。」
十四歳というのに、多少興味を覚え出して、いろいろへまなことを尋ねかけてきた私は、そこで妙に気持がはぐれて、そのまま口を噤んでしまった。彼女も黙っていた。暫くすると、彼女はわざと子供子供した甘ったれた調子で云い出した。
「私お腹が空いちゃったから、何か食べさして下さらないこと?」
「そんなら鮨でも取ったらいいだろう。ついでにお酒を一本添えて貰うといいな。」
彼女は立上りかけたが、俄にまた腰を下した。
「あなた、今晩泊っていっていいんでしょう。」
「いけないよ。」
「なぜ?」
「帰らなけりゃならない。」
「そんなら、一時間……」と云いかけて彼女は一寸考え込んで、「二時間ばかりにしとくわ。ね、いいでしょう。」
私がぼんやり見返した眼に、彼女は一寸笑みを含んだ眼付を投げつけておいて、大儀そうに階段を下りていった。
私は一人つくねんと、二十分ばかりも――或はもっと短かかったかも知れないが――空の餉台と一緒に待たせられた。仰向けに寝転んで、煙草を吹かしながら、煤けた天井の、雨漏りの跡らしい汚点を見つめてるうちに、もうそのまま永久に身を動かしたくないような気持へ、底深く沈み込んでいった。何のためにこんな家へやって来たのか? もう先程の情慾も消え失せてしまって、都会の一隅の見馴れない室に、ぽつりと投り出された自分自身だった。やがて彼女が鮨の皿と銚子と豌豆豆の小皿とを運んできても、私はやはり寝そべったまま身を起そうともしなかった。酒が冷えてしまうと再三促されてから、漸く上半身を起した。
「怒ったの?」
私は返辞をしなかった。
「どうしたのよ、黙りこくってて。何か怒ったの?」
「あんなに待たせられてさ、腹も立とうじゃないか。」
「ほんとに御免なさい。お誂えのものがなかなか来なかったんですもの。」
そして私が杯を取上げると、彼女はそのお誂え
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