往来を、犬のようにうそうそ歩いてるので、通りがかりの巡査が見咎めると、伊坂の答えが振っていた。実はこのカフェーに、自分の遠縁に当る女給がいて、夜分変な男がよく呼び出しに来て困るというから、一寸見廻ってたところだ……と。その巡査が翌日カフェーにやって来たので、話はぱっとなった。よく聞いてみると、実意を見せて下すったら……とお久が伊坂に約束したとか。
「一時遁れのでたらめな約束をして、あたし困っちゃったわ。でもまさかそうもいえないから、やっぱり、遠縁に当る人だって答えたんだけれど、冷汗をかいちゃったのよ。」
だが、話の本当の筋途は平川にも僕にも分らなかった。そして、巡査を利用して実意を示すという伊坂のやり口だけが、噂の種に残ったのだが……。
「君も随分むてっぽうだな。何の見境もなく、いきなり人の細君に馴々しく話しかけるなんて……。」
前につっ立ってそんなことをいってる木谷の顔を、僕は回想から覚めて、ぼんやり見上げていた。
「僕はわきでひやひやしちゃったよ。ひょんなことを君が饒舌り出しやしないかと思って……。」
「だが僕達の間では、随分話の種の多い女なんだからね。」
「それにしたって……
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