。」
「それじゃあ、こんなところにやって来なけりゃいいさ。カフェーと撞球場とは、多少客が共通してるから、いつ誰に出逢うか分ったものじゃない。」
「いや、そういう危険を冒してまで男を迎いに来る、その意気を買ってやらなくちゃあね。」
「そりゃ買ってやるが。」
「木谷さん、球の方は……。」
 木谷の相手の男は、そういって促しながら、変に憂鬱な様子になっていた。
「済みません。」
 木谷が球の方へ向き直ると、男はなおじっと僕の方を見ながら、言葉だけを木谷へ向けた。
「そりゃあ、そう云ったものではないでしょう。伊坂さんだって、奥さんだって、いつどんな人間に出逢ってどんな話をされるか分らない、そういう覚悟はちゃんとついてるですよ。だからああして出て来るのでしょう。昔の馴染に出逢うことが、二人には却って嬉しいのかも知れませんよ。」
「え、嬉しいって……。」
 木谷は球台から向き返った。
「昔馴染に出逢っていろいろなことがあれば、それが気晴しになったり、退屈ざましになったり、お互の気持がですね、こう……。」
「なるほど、恋の勝利者という意識が新たになって、なお深く互に結びつくというわけですか。」
「ま
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