あ云ってみれば、そんなものかも知れません。」
「驚いたな、佐藤さんに恋愛の解説とは……。」
 佐藤と呼ばれた彼は、木谷の皮肉な語気を平気な顔付で受流したが、どういうものか、益々陰鬱な感じになっていた。云わば、穏かな頬の微笑が陰鬱な額の曇りに包みこまれたような風だった。そしてそこに、撞球場なんかに不似合なロシア的な而も痩腕を変に彎曲したひょろ長い姿で、機械的な笑みを頬の肉に刻んでるのである。
「ねえ、千代ちゃん。君が、何だ、例えば木谷さんと恋をして、世帯を持って、願いが叶ったとして、それから、暫くたって、昔馴染のお客さんなんかに出逢って、おいどうだい、なんて話しかけられたとしたら、嬉しいか嫌か……まあ嬉しい方が多いだろうよ、ねえそうだろう。」
 ぼんやり皆の話を聞いてた年若なお千代は、突然話の先を向けられて、甘ったるい眼付を瞬《またた》いたが、ふいに早口に叫んだ。
「あら、嫌な佐藤さん。」
 拍子ぬけのするくらい間を置いたその叫びに、佐藤さんは初めて、機械的でない笑みを浮べた。
「おう喫驚した、何だい。」
 木谷は全く拍子ぬけがしたらしく、わざとらしい口を利いて、思い出したようにキューを
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