取上げた。
「なあに、たとえ話だよ。」ゆっくりと云ってのけて、佐藤さんは僕の方へ向き直った。「私はあなたが、もっと無遠慮に口を利かれたら面白いと思って、待っていたのですが、案外つまらなく終ってしまって……。ですが、誰も遠慮ばかりしてるところだったので、愉快でした。これからは、伊坂さんも気兼がなくなって、来易いでしょうよ。」
先程の陰鬱な感じが消えて、彼は実際愉快そうな顔付をしていた。黒い額と眼とが輝きを帯びてるように見えた。
僕は一寸挨拶に困って、それから妙に恐縮した。
「いや、とんだ不作法なことをしてしまって、弱りました。」
「不作法なものですか。気が弱くちゃいけません。」
僕はそこで、頭ごなしにやっつけられた気がして、黙りこんでしまった。
ところが、やりかけのゲームを初めてるうちに、木谷は僕のところにやって来て、顔を近寄せて囁いた。
「先生、あんなことをいってるが、伊坂の細君が来ると、すっかり固くなってね、ちっとも球が当らないんだぜ。可笑しなものさ。」
「馬鹿な。」
僕は口の中で呟いて、額に薄暗い曇りを湛えながら愉快そうに球を撞いてる佐藤の方を、ぼんやり眺めやった。何だか
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